パクリ商標(悪意の商標出願)事例集|新庄監督の「BIGBOSS」

パクリ商標(悪意の商標出願)事例集。今回取り上げるのは、北海道日本ハムファイターズ・新庄剛志新監督の「BIGBOSS」です。

スポーツ界の流行語・バズワードはパクリの対象となりやすいです。うまいこと便乗して一儲けしてやろうという輩が多いからです。今回も新庄さんが監督就任会見で、

「監督って、言わないでください。『BIGBOSS』でお願いします!」

北海道日本ハムファイターズ・新庄剛志新監督

と発言した、わずか4日後に無関係の第三者が「BIG BOSS」の商標登録を出願しています(商願2021-138869)。しかし、この第三者の出願に対しては特許庁審査官が拒絶理由を通知しており、現在のところ商標登録は認められていません(令和4年4月9日現在)。

そして、第三者の出願から遅れること14日、本家・北海道日本ハムファイターズも「BIGBOSS」の商標登録を出願しました(商願2021-145720)。しかし、この本家・北海道日本ハムファイターズの出願も拒絶理由が通知されてしまいました(令和4年3月29日)。いくつかの拒絶理由がありますが、第三者の出願が存在することも拒絶理由の一つです。

目次

「BIGBOSS」事件の経緯

「BIGBOSS」事件の経緯を追ってみましょう。

  • 令和3(2021)年11月 4日 新庄新監督就任会見
  • 同年11月 8日 第三者が「BIG BOSS」を商標登録出願(商願2021-138869
  • 同年11月22日 北海道日本ハムファイターズが「BIGBOSS」を商標登録出願(商願2021-145720
  • 同年12月16日 第三者の出願に対し、刊行物等提出書が提出される(情報提供)
  • 令和4(2022)年 1月24日 第三者の出願に対し、特許庁審査官が拒絶理由を通知
  • 同年 3月29日 北海道日本ハムファイターズの出願に対し、特許庁審査官が拒絶理由を通知

日本ハム球団は会見から20日後に漸く「BIGBOSS」を出願しています。この20日の間に、第三者に先取り的に「BIG BOSS」を出願されてしまいました。新庄さんの人気や話題性を考慮すれば、監督就任会見の前に「BIGBOSS」の出願を済ませておくべきでしたね。

新庄さんが突発的に「BIGBOSS」発言をしたのであれば致し方ありません。ただ、新庄さんは会見時に報道陣に対して「BIGBOSS」名義の名刺を配っていましたよね。球団関係者も「BIGBOSS」のことは知っていたはずです。そうすると、今回の対応は緩かったと言わざるを得ません。

第三者の出願とその拒絶理由の内容

第三者の出願(商願2021-138869)の内容は以下のとおりです。

  • 商標「BIG BOSS」
  • 指定商品・指定役務(サービス)
    【第25類】被服,ガーター,靴下留め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装用衣服,運動用特殊靴,運動用特殊衣服

商標権は単に言葉(ネーミング等)やマーク(ロゴマーク等)の使用を禁止する権利ではありません。商標は商売に使う標識ですから、特定の商品や役務(サービス)について登録商標(ネーミングやロゴマーク等)を使用する行為を禁止することができるだけです。

このため、商標登録の出願は登録したい商標を記載するだけでなく、その商標を使用したい商品やサービスを指定して行います(「指定商品」、「指定役務」と言います)。この第三者の出願では、第25類という区分の商品「被服」や「運動用特殊衣服」等を指定しています。即ち、この第三者の商標登録がそのまま認められてしまうと、日本ハム球団は「BIG BOSS」を表示したユニフォームやTシャツを販売することができなくなる可能性があるわけです。

しかし、特許庁審査官はこの第三者の出願に対して拒絶理由を通知しました。このままでは商標登録を認めないという趣旨の審査結果を通知したということです。その理由は3つ。

  • 公序良俗を害するおそれがある商標であること(商標法第4条第1項第7号違反)
  • 商品の出所の混同を生ずるおそれがある商標であること(同じく第4条第1項第15号違反)
  • 他人の有名な商標を不正の目的をもって使用する商標であること(同じく第4条第1項第19号違反)

です。

それぞれの理由について審査官は、

このような商標を日本ハムと何らの関係を有さない一私人が独占的に採択使用することは、社会的相当性を欠くものといわざるをえず、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれ(がある)

商標法第4条第1項第7号違反について|商願2021-138869 2022年2月14日付け拒絶理由通知書

その商品があたかも前記会社の業務に係る商品であるかのように、あるいは前記会社と、組織的、経済的に何らかの関係がある者の業務に係る商品であるかのように、商品の出所について混同を生ずるおそれ(がある)

商標法第4条第1項第15号違反について|商願2021-138869 2022年2月14日付け拒絶理由通知書

本願は、日本ハムが開催した、新監督の就任会見(2021/11/04)後、間もなく出願(2021/11/08)されたものであり、・・・、出願人がこれを商標として採択するにあたり、偶然に前記商標と酷似する結果となったというよりは、むしろ、引用商標がいまだ商標登録されていないことを奇貨として,それに化体された業務上の信用と顧客吸引力にただ乗りし,その著名性を利用して不正の利益を得る等の目的をもって使用をするものと推認(される)

商標法第4条第1項第19号違反について|商願2021-138869 2022年2月14日付け拒絶理由通知書

と説明しています。

これを大雑把に要約すると、「たまたま似たわけじゃないよね。まだ商標登録されていなかったから、しめしめと思って出願したんでしょ。新庄さんの人気や知名度にタダ乗りして儲けたかったんだよね?」という感じでしょうか。概ね、世間的な感覚と合致する説明だと思います。

この第三者の出願に対しては、「情報提供」という手続きがとられています。この手続きは簡単に言うと、「この出願にはこういう拒絶理由があるから商標登録を認めないでくれ」と証拠を添えて特許庁審査官に告げ口をする制度です。審査官はこの内容も検討して拒絶理由を通知した可能性もあります。

ただ、この拒絶理由通知に対しては意見書を提出する等して反論することも可能です。この出願にの審査結果はまだ確定しておらず、審査の成り行きを見守る形になります。

北海道日本ハムファイターズの出願とその拒絶理由の内容

一方、北海道日本ハムファイターズの出願(商願2021-145720)の内容は以下のとおりです。

  • 商標「BIGBOSS」
  • 指定商品・指定役務(サービス)
    【第5類】薬剤(農薬に当たるものを除く。),外皮用薬剤,ビタミン剤,アミノ酸剤・・・
    【第9類】携帯電話機用のスクリーンクリーナー付きストラップ・・・
    【第14類】首に吊り下げて使用するマスコット付きキーホルダー,その他のキーホルダー・・・
    【第16類】スポーツ競技場やコンサート会場において応援時に応援用具としても使用できる携帯用ホワイトボード,サイン入り色紙,シール,ステッカー・・・
    【第18類】布製ポケットティッシュケース,コイン用の財布,その他の袋物・・・
    【第20類】サインボール,木製又はプラスチック製置物のミニサインバット・・・
    【第21類】マグカップ,その他の食器類(貴金属製のものを除く。)・・・
    【第24類】ハンドタオル,その他の布製身の回り品,タペストリー・・・
    【第25類】ウインドブレーカー,ティーシャツ,・・・野球用帽子,サンバイザー,・・・ユニフォーム,グランドコート,リストバンド・・・
    【第26類】・・・腕止め,衣服用き章(貴金属製のものを除く。),衣服用バッジ(貴金属製のものを除く。)・・・
    【第28類】バット型の応援用メガホン,その他の応援用メガホン,手型の応援用おもちゃ,マスコット人形,ぬいぐるみ,おもちゃ,人形・・・
    【第29類】・・・肉製品,ソーセージ,ハム・・・
    【第30類】・・・茶,コーヒー及びココア,氷,パン,菓子及びパン,・・・サンドイッチ,しゅうまい,すし,たこ焼き,肉まんじゅう,ハンバーガー,ピザ,べんとう,ホットドッグ・・・
    【第32類】ビール,清涼飲料,果実飲料・・・
    【第33類】日本酒,洋酒,果実酒・・・
    【第34類】ライター(貴金属製のものを除く。),灰皿(貴金属製のものを除く。)・・・
    【第35類】・・・広告用具の貸与,飲食施設に係る事業の管理又は運営,飲食施設の提供に係る事業の管理又は運営,運動施設の経営に関する企画・管理・・・
    【第36類】・・・運動施設の建物の管理,・・・
    【第38類】・・・報道をする者に対するニュースの供給,・・・
    【第39類】・・・主催旅行の実施,旅行者の案内,・・・
    【第41類】・・・スポーツに関する情報の提供,スポーツの開催情報の提供,・・・
    【第43類】宿泊施設の提供,飲食物の提供,・・・

です。

BIGBOSSのビッグビジネス!

全部で21区分。ここに記載されていないものも含め、実に様々な商品・サービスを指定しています。しかし、これだけ広い範囲で商品・サービスを押さえていこうとすると、どうしても他の人の商標登録と重なってしまい、商標登録を受けることが難しくなります。

実際、特許庁審査官は本家・日本ハム球団の出願に対しても拒絶理由を通知しています。拒絶の理由は3つあるのですが、そのうち最も問題なのが、

  • 先願に係る他人の登録商標との抵触する商標であること(商標法第4条第1項第11号違反)

です。

日本ハム球団の出願した商標「BIGBOSS」は第三者が先に出願した商標「BIG BOSS」と類似(似ている)、そして、日本ハム球団の出願で指定している商品・第25類のティーシャツ、ユニフォーム等は第三者の出願で指定されている商品・第25類の被服、運動用特殊衣服と完全にバッティングしています。

先に出された出願がたとえパクリ疑惑のある出願であっても、その出願が審査で拒絶されたり、出願人が取り下げたりして、消えてなくならない限り、本家・日本ハム球団の出願の拒絶理由はなくならない、すなわち、商標登録を受けることができないということです。

パクリ商標(悪意の商標出願)への対応策

最後にパクリ商標(悪意の商標出願)への対応策をいくつか挙げておきます。

発表前に商標登録出願を済ませておく

当たり前ではありますが、商標(商品名やサービス名、オリジナリティのある肩書、会社名等)を発表する前に商標登録出願を済ませておくのが一番です。

今回も別に不正アクセスによって情報が漏れたわけではありません。公式の発表からです。情報は社内の人間から漏れるということです。社長がつい口を滑らせてしまう場合もありますし、営業部門が先走って取引先に漏らしてしまうケースも考えられます。そういうことを防止するためには、社内での知的財産マインドを高める教育をすることも大事です。

悪意の商標出願に対し、刊行物提出(情報提供)をする

もし万が一、先取り的に出願されてしまった場合には刊行物提出(情報提供)をすることを検討してください。特許庁審査官が悪意の商標出願を拒絶してくれるよう、自分達の方が本家・本元・元祖であることを証明する証拠となる刊行物を提出します。

情報提供制度について|特許庁

但し、審査官が提供された刊行物を証拠として採用するか否かは審査官が決めることです。仮に採用されなかったとしても文句は言えません。また、今回のケースは日本ハム球団や新庄監督の人気や知名度があったから、審査官も第三者の出願に対して拒絶理由を通知しているという点は頭に置いておく必要があります。

中小企業や個人事業主の商標のように一定の範囲で知られてはいても知名度がそこまで高くない商標については必ずしも同じ扱いがされるわけではありません。商標権の取得手続きで、その商標が有名であることを立証するのは非常に難しいということです。だからこそ、発表前の出願が大事なのです。

悪意の商標出願に基づく商標登録に対し、異議申立てや無効審判を請求する

悪意の商標出願が審査で拒絶されず、商標登録されてしまった場合でも対抗策は残されています。その商標登録に対して異議申立てや無効審判の請求を検討してください。

商標登録異議の申立て|特許庁

無効審判|特許庁

異議申立てや無効審判は特許庁の中で行われる裁判に準じた手続きです。審査のように審査官一人が判断するのではなく、経験を積んだ3人の審判官からなる合議体が厳正な審理を行います。

但し、その分、費用・労力・精神的負担は大きくなります。そして、その費用・労力・精神的負担が必ずしも報われるわけではありません。アクションを打つタイミングが遅くなればなるほど、問題の解決は難しくなるということです。

おまけ

実は、今回の新庄監督の発言とは無関係に、以前から「BIGBOSS」という登録商標はいくつか存在しています。例えば、サントリーがはるか昔、1996年11月29日に「BIG BOSS」を商標登録しています。

  • 商標「BIG BOSS」
  • 指定商品
    【第30類】コーヒー及びココア,コーヒー豆,茶

サントリーは2018年から「BIG BOSS」ブランドの缶コーヒーを販売していましたが、2020年に販売を終了していました。そして、新庄新監督の就任会見の翌日、「時代が早かったのかな」「もう売ってません」というツイートをしています。

しかし、その後、サントリーには復活を要望する声が殺到。熱烈な要請を受けて、「ビッグボス カフェオレ」を北海道限定で再発売することになりました。

サントリー「ビッグボス」北海道限定で復活、ファンの“熱い要望”に応える|食品産業新聞社ニュース

これも便乗と言えば便乗なのかもしれませんが、サントリーは正当な商標権者。特に問題はないでしょう。むしろ、これを機に日本ハム球団とコラボ商品の話が進むかもしれません。

商標権を持つ意義は他人の無断使用を禁止することだけではありません。他社とのコラボレーションを進める際に商標権という後ろ盾が有利に働くこともあるのです。

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